踏切道の現状とこれから
2020年度入学 宮オオ
1. はじめに
鉄道と道路が交差するところに設けられてきた踏切。しかしながら、近年では、安全上の問題等から統廃合が進められている。また、現在、道路法等により、踏切の新設は原則として認められていない。そこで、この記事では、踏切の問題点及びその解決の難しさを整理した上で、今後の踏切の在り方や存在意義について考察していきたい。
2. 踏切の問題点
踏切の最大の問題は、安全上の問題である。踏切事故の発生件数は、年々減少傾向にあるものの、2018年度には、228件もの事故が発生し、89人が命を落とした(国土交通省ホームページ)。2019年9月5日には、京急本線神奈川新町第1踏切(横浜市)で、快特電車が踏切に立ち往生していたトラックと衝突して脱線するという重大事故も発生した。また、主に都市部に存在する、いわゆる開かずの踏切[1]は、深刻な交通渋滞をもたらしている。加えて、そのような踏切の存在が、人やモノの流れを阻害し、地域経済に悪影響を及ぼしているという指摘もある。
3. 国交省による危険踏切の指定
(1)踏切安全通行カルテ
国土交通省は、踏切対策を推進するため、2016(平成28)年3月に改正踏切道改良促進法を施行した。これに伴い、国交省は、まず、同年6月17日に、「緊急に対策の検討が必要な踏切」について、開かずの踏切、自動車ボトルネック踏切、歩行者ボトルネック踏切、歩道が狭隘な踏切、事故多発踏切、通学路要対策踏切の6種類に分けて指定した[2]。内訳は下表の通りである(表1)。この指定を受けた踏切を管轄する鉄道事業者と道路管理者は、踏切安全通行カルテを作成し、それに基づいて対策を進めていくことになった。加えて、国交省は、毎年度、改正踏切道改良促進法に基づく踏切の指定を進めており、今年度も52箇所の踏切が新たに指定を受けた。
開かずの踏切 |
532箇所 |
自動車ボトルネック踏切 |
408 |
歩行者ボトルネック踏切 |
599 |
歩道が狭隘な踏切 |
164 |
通学路要対策踏切 |
159 |
事故多発踏切 |
83 |
合計(重複除く) |
1479 |
表1.2016年6月公表時の「緊急に対策の検討が必要な踏切」の内訳
(国土交通省ホームページより作成)
(2)危険踏切の実態
今回、筆者は、自動車ボトルネック踏切に指定された名鉄尾西線苅安賀1号踏切(愛知県一宮市)と開かずの踏切及び歩行者ボトルネック踏切に指定されたJR東海東海道線宮後道踏切・名鉄名古屋本線一宮7号踏切(同)を実際に訪問し、その実態を調査してきた。
[1]苅安賀1号踏切(自動車ボトルネック踏切)
図 1. 苅安賀1号踏切の様子(愛知県一宮市 2020.09.04)
名鉄尾西線苅安賀1号踏切は、西尾張地方を南北に貫く愛知県道14号岐阜稲沢線(通称:西尾張中央道)に設置された踏切である。名鉄尾西線は、全線の約3分の2が単線で、運行頻度も毎時上下各4本とそれほど多くないが、この踏切では朝夕を中心に激しい渋滞が発生している。その理由としては、主に次の3つが挙げられる。1つ目は、交通量が多いにも関わらず、踏切の直前で道路が片側2車線から片側1車線になることだ。2つ目は、踏切のすぐ近くに信号のある交差点が連続して存在していることだ。しかも、踏切とその前後にある信号は、連動していない。そのため、踏切が鳴り終わると、今度は信号が赤になり、進めないというケースが散見された。そして、3つ目は、ほとんどの列車が踏切の近くにある苅安賀駅で列車交換をすることだ。列車自体は、2両または4両しかないものの、非常に低速で走行するため、列車通過時間が長く、かつ、両方向の列車が立て続けに通過することになり、踏切の遮断時間が長くなっている。次にこの踏切の改善案について考えていきたい。最も効果的なのは当然、道路か鉄道のどちらかを高架化することだが、道路の上部に東海北陸自動車道が走っているため、それは不可能だろう。だが、この踏切の場合は、現在の状態に少し改良を加えれば、十分な効果が得られると思われる。筆者が訪れた際、この踏切は、苅安賀駅で交換待ちをする列車が駅に到着する前から遮断機を下ろしていた。よって、警報装置の改良を行うことで遮断時間をある程度削減することが可能になる。また、これと同時に踏切を拡張し、道路を片側二車線化すれば、車の流れはスムーズになるだろう。
[2]宮後道踏切・一宮7号踏切(開かずの踏切・歩行者ボトルネック踏切)
図2. 宮後道踏切・一宮7号踏切の様子(愛知県一宮市 2020.09.04)
JR東海東海道線宮後道踏切・名鉄名古屋本線一宮7号踏切は、一宮市道 207号線に設置されている踏切である。この踏切は、JR東海道線と名鉄名古屋本線の並走区間にあり、両線の線路を一度に跨ぐ形となっているため、道路の遮断時間が非常に長くなっている。筆者が平日金曜日の17時42分から1時間にわたって調査したところ、遮断時間は40分53秒に及んだ。これは、両線の旅客列車の運行頻度が非常に高いのに加え、編成両数が長く通過するのに時間のかかる貨物列車の本数も多いためと考えられる。しかし、道路の自動車の交通量は、それほど多くないため、目立った渋滞は、発生していなかった。それよりも問題なのは、歩行者の方だろう。この踏切のすぐ北側には、名鉄今伊勢駅がある。この駅は、駅の西側にしか出入り口がないため、駅の東側からの利用者は、この踏切を渡る必要がある。そのため、駅に電車が到着する時間が近づくと、遮断機が下り始めているにも関わらず、駅の東側からの乗車客が、無理やり踏切に進入していく姿を何度も目にした。また、列車到着直後、列車から降りてきた人たちが、踏切の周りに溜まってしまっていた。これらの問題は、駅の東側にも出入り口を設ければ解決する問題だが、ホームのすぐ東側をJR東海道線が通っているため、実現には相当な困難を伴うと思われる。そのため、まずは、踏切内の歩道の拡張、歩道橋の設置等が現実的な処置であると思われる。
4. 踏切対策と課題
踏切問題の抜本的な解決策は、今のところ、道路と鉄道の立体交差化しかない。そこで、(1)鉄道の高架化/地下化、(2)道路の高架化/地下化についてそれぞれのメリット・デメリットをまとめていく。
(1)鉄道の高架化/地下化
図3.名鉄瀬戸線小幡―大森・金城学院前間連続立体化事業の概要図(名古屋市ホームページより引用)
鉄道の高架化/地下化は、一気に複数の踏切を廃止することができ、線路を跨いだ移動も自由にできるようになるため、最も優れた解決策として考えられている。しかしながら、莫大な費用と時間がかかる。例えば、現在進められている名鉄瀬戸線小幡―大森・金城学院前間の1.9㎞の区間の連続立体化事業では、事業化から完成まで約25年もの歳月がかかる予定で、総事業費は249億円に上ると見積もられている[3]。事業費は、国から補助金が出るものの、基本的には鉄道会社と地方自治体で出し合うことになっている。そのため、少子高齢化の進展で列車の本数や道路交通量の減少が見込まれる中で、十分な費用対効果が見込めるかどうかを疑問視する声が上がることも少なくない。また、工事中は、道路の交通規制や列車の一部運休・減速運転等が行われ、地域住民は長期にわたって不便な生活を強いられることになる。
(2)道路の高架化/地下化
図4. 東武スカイツリーライン竹ノ塚駅前の踏切に整備された歩道橋の様子
道路の高架化/地下化は、鉄道の高架化よりも費用・工期を抑えつつ、踏切による深刻な交通渋滞・歩行者の滞留を解消することができる。しかし、道路を高架化/地下化すると、歩行者は、上下移動を強いられることになる。また、歩道橋または人専用の地下道のみを整備して、踏切を撤去してしまうと、車での線路の横断ができなくなってしまう。そのため、地元住民が、道路の高架化/地下化の完了後に、踏切を廃止することに対して激しく反発するケースも少なくない[4]。加えて、道路の高架化/地下化が行われても線路により街が分断された状態は続くことになる。
5. 新しい踏切の在り方
(1)「賢い踏切」
図5.「賢い踏切」のしくみ(全国連続立体交差事業促進協議会ホームページより引用)
踏切警報時間制御装置、通称「賢い踏切」は、列車の速度を検知し、それによって警報開始点を変えるシステムである。従来の踏切は、速度の速い列車に合わせて警報を作動させていたが、この「賢い踏切」では、速度の遅い列車が接近した時に、速度の速い列車の時よりも警報開始地点を遅らせることで、道路遮断時間を削減する。全国連続立体交差事業促進協議会ホームページに掲載されている実証実験の結果によると、「賢い踏切」の導入により、道路遮断時間がピーク1時間あたり平均約8分も短縮されたという[5]。このため、開かずの踏切の速効対策として全国各地で導入が進められている。
(2)構内踏切の新設によるバリアフリー化
図6.JR九州肥薩線人吉駅の様子(三重県四日市市平成26年11月議会一般質問
政友クラブ伊藤嗣也「構造改革が迫られる公共交通」より引用)
現在、交通バリアフリー法に基づき、駅構内のバリアフリー化が進められている。その際、多くの場合は、エレベーター・スロープの設置や新しい改札口の開設によりバリアフリールートが確保される。しかし、最近では、コスト削減のため、主に地方ローカル線の駅において、構内踏切の新設により、バリアフリー化が図られるケースも出てきている。例えば、JR九州肥薩線の人吉駅(熊本県人吉市)では、2013年に従来の階段のみの跨線橋(図6A)が撤去され、代わりにスロープ付きの構内踏切(図6B・C)が設置された。高齢者や障害者にとっては、踏切を渡ること自体が危険・苦難を伴う行為であり、構内踏切の新設は、完全なバリアフリー化とは言い難いが、今後、列車本数の少ない駅を中心にこのようなケースが広がっていくだろう。
6. まとめ
ここ数年の間に、国土交通省の主導で、危険踏切の洗い出し・対策が急ピッチで進められてきた。しかし、その究極の解決策である道路と鉄道の立体交差化は、費用負担や用地買収をめぐる協議の難航、地域住民の反発等により、なかなか進まないのが現状である。また、主に地方都市では、鉄道の減便・道路交通量の減少が進む中で、高架化・地下化の費用対効果を疑問視する声も上がっている。そして、現在、コロナ禍により、地方だけでなく大都市部でも鉄道利用が低迷している。このことから、高架化・地下化の費用対効果に対して向けられる目はこれまで以上に厳しくなるだろう。このようなことから、大都市部であっても踏切が完全になくなることはなく、安全面や機能面でさらに進化した踏切がこれからも私たちの日常生活を支えていくことになるであろう。
7. 参考文献
伊藤博康『決定版 日本珍景踏切』(創元社・2020)
国土交通省ホームページ「踏切対策の推進」https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/fumikiri/fu_index.html(2020年9月5日閲覧)
国土交通省中部地方整備局道路部ホームページ「踏切安全通行カルテ作成一覧表(愛知県)」
https://www.cbr.mlit.go.jp/road/humikiri/aichi.html(2020年9月5日閲覧)
全国連続立体交差事業促進協議会ホームページ「踏切すいすい大作戦 踏切対策の方法」
http://www.renritsukyo.jp/fumikiri/steps/quick.html(2020年9月12日閲覧)
名古屋市ホームページ「一般国道302号及び都市計画道路守山本通線と名古屋鉄道瀬戸線との立体交差事業」
http://www.city.nagoya.jp/ryokuseidoboku/page/0000010565.html(2020年9月12日閲覧)
日テレNEWS24(2019年8月23日)「ナゼ?“開かずの踏切”廃止に反対の声も…」
https://www.news24.jp/articles/2019/08/23/07487407.html(2020年9月12日閲覧)
三重県四日市市平成26年11月議会一般質問 政友クラブ伊藤嗣也「構造改革が迫られる公共交通」
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1001000002931/files/20141202itou.pdf
特記のない写真については、全て筆者が撮影した。