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急勾配について

平成29年度入学 京キチ 

 

 鉄道は、その仕組み上勾配をできる限り抑える必要がある。特に自動車と比較するとその許容範囲は非常に小さくなる。そのため、止むを得ず急勾配を設けなければならない場合においては、様々なシステムを用いてそれを克服しなければならない。この記事ではそれぞれの仕組みを概説するとともに、日本や世界における主な急勾配を紹介する。

 

1.    急勾配を乗り越える

 一般的な粘着式鉄道においては、勾配は25‰(パーミル)程度に抑えられることが多い。(無論例外はあるが)ちなみに‰とは千分率のことで、鉄道の勾配はほぼこの単位を用いて書き表されることを書き添えておく。話を戻すが、それだけでは乗り越えられない場所にも鉄道は敷設されている。粘着式鉄道の限界は8090‰程度とされているため、これを乗り越えるために様々なシステムが用いられている。ここでは日本で見られるものを中心に、いくつかシステムを紹介する。

l  スイッチバック

勾配を一気に登るのではなく、折り返し線を使いながらジグザグに登って行く方法である。かつては日本各地で用いられていたが、車両の性能が向上したことなどでスイッチバックの箇所は減少している。JR線では、肥薩線の真幸駅、大畑駅や土讃線坪尻駅、篠ノ井線姨捨駅などで採用されている。私鉄線では箱根登山鉄道のスイッチバックが有名である。この路線には3カ所のスイッチバックがあり、さらに粘着式鉄道で日本一となる80‰の急勾配がある。

線区内に3カ所のスイッチバックがある箱根登山鉄道 最古参のモハ1形(撮影地:強羅駅)

l  ループ線

 勾配を抑えた上で高低差の大きい場所を走破するために用いられる方式である。その名の通り、大きく迂回する線路を敷設する方式で、日本ではJR上越線の湯檜曽ループ線(湯檜曾〜土合間)、JR北陸本線の鳩原ループ線(敦賀〜新疋田間)、JR肥薩線の大畑ループ線(大畑〜矢岳間)が有名である。また、東京臨海新交通ゆりかもめのレインボーブリッジ付近の線路(芝浦口側)も、勾配を抑えるためのループ線と言える。

湯檜曽駅上りホーム 山の中腹あたりに湯檜曾ループ線の線路が見える(撮影地:湯檜曽駅)

ゆりかもめ レインボーブリッジ芝浦口側のループ線(撮影地:東京都港区)

l  ラック式鉄道

 ラックレールと呼ばれる歯型のレールを敷設し、車体側に取り付けた歯車と嚙みあわせることによって急勾配の登り下りを補助するシステムである。これを用いることにより、数百‰レベルの急勾配を克服することが可能になる。日本の営業鉄道では大井川鐵道井川線が唯一の採用例であるが、ヨーロッパのアルプス周辺を中心に世界各地で採用されており、特にスイスの登山鉄道では幅広く採用されている。以下、いくつか方式を紹介する。

Ø  アプト式

 前述の大井川鐵道で採用されている方式であり、またかつて信越本線の碓氷峠区間で用いられた方式でもあるので、日本では最も知名度が高い方式である。2,3本のラックレールを少しずつずらして設置する方式で、常に複数枚のラックと歯車が噛み合っているので重量のある車両にも適しており、世界的にも大量輸送幹線における採用例が見られる。ちなみに、方式の名前は開発者に由来している。

 井川線は、沿線にある長島ダムの建設に伴って1990年に線路を付け替え、その際にアプト式区間が新設された。3枚の板状ラックレールを使い、また枕木は日本では珍しく鉄枕木が採用されている。

大井川鐵道井川線のアプト式区間(撮影地:アプトいちしろ駅)

Ø  フォン・ロール式

1本のラックレールを用いる方式の中で、最も新しい方式である。かつては蒸気機関車が用いられていたため、ラックレールが外れないように複雑な構造を取る必要があったが、電車が用いられるようになって構造の単純化が可能となり、幅の広い一本のラックレールと歯車を用いた方式となっている。分岐器などの設計が安易なため、旧方式からの置き換えが進められている。

Ø  ロヒャー式

 ラックをレールに対して水平向きに設け、2枚の歯車でそれを挟む方式である。歯車がラックに乗り上げる可能性が無いため、ラック式鉄道の中で最も急勾配に対応できる方式であると言われている。ケーブルカーを除いた世界最勾配(480‰)を誇るピラトゥス鉄道(スイス)で用いられている。

 

l  ケーブルカー

 言わずと知れた急勾配鉄道の典型である。日本では山岳鉄道としての採用例が多いが、サンフランシスコのように坂が多い街で路面電車代わりに用いられているという例もある。

Ø  交走式(つるべ式)

車両同士や、車両と重りをケーブルで結び、片方を巻き上げ装置で持ち上げることによってもう一方も移動させる方式である。日本では車両同士をつなぎ、路線の中間に行き違い部を設けた方式が主流であるが、単線のケーブルカーでは重りが用いられている。

交走式の叡山ケーブル 日本一の高低差を誇る(撮影地:ケーブル八瀬駅)

Ø  循環式

 環状にしたケーブルを車両側から掴み、ケーブルを回すことによって車両を移動させる方式である。有名なサンフランシスコのケーブルカーはこの方式が使われている。停止する際には車両がケーブルを離せばよいので複数台を同時に運用することが可能だという特徴がある。車上に駆動装置を積まないため車両を軽量化することができ、推進効率を高めることができる。

 

2.    日本の急勾配

l  一般鉄道(鋼索鉄道を除く)

鋼索鉄道を除く日本の鉄道の中での最急勾配は、大井川鐵道井川線の90‰である。ここでは、前述のアプト式が用いられている。特別な仕組みを持たない鉄道の最急勾配は、箱根登山鉄道の80‰である。ここでは砂をまくことで空転を防止するという策がとられている。この他、50‰級の急勾配を持つ、南海電気鉄道・神戸電鉄・叡山電鉄・富士急行を含めた6社で、「全国登山鉄道‰会」という組織が作られており、山と関連させた様々なイベントや広報活動を共同で行っている。これらの会社の車両には急勾配対策として抑速ブレーキなどの装備が昔からつけられていた。南海電鉄では、高野線内橋本以南に入線する車両を17m車に限定したため、大阪府内では20m車と17m車が混在するという状況になっている。

大井川鐵道井川線 日本一の急勾配、90‰区間の標識(撮影地:アプトいちしろ駅〜長島ダム駅)

叡山電車の新型観光車両「ひえい」の営業運転第一列車(撮影地:出町柳駅)

 

l  ケーブルカー

 日本一の急勾配は、高尾山登山電鉄の608‰で、度数法に直すと31度余りである。この路線は最小勾配が105‰であり、麓の清滝駅では車両がかなり前傾してしまうのも特徴の一つである。他のケーブルカーも数百‰の勾配を誇り、一般鉄道とは完全に住み分けされている。ちなみに、鉄道事業法の適用を受けないケーブルカーまで広げると、徳島県の祖谷温泉に900‰のケーブルカーがあるとのことである。

 

3.    世界の急勾配

l  一般鉄道

 世界一の急勾配は、前述のピラトゥス鉄道(スイス)である。最急勾配480パーミルを誇り、パッと見はもはやケーブルカーであるが、ラック式鉄道なので普通鉄道に分類される。ロヒャー式はラックレールの構造が複雑すぎるため通常の分岐器を用いることができず、特殊な分岐器やトラバーサを用いて車両の入換が行われている。全長4.6kmの路線ながら起終点の標高差は1629mにも及び、登山客の輸送を行っている。

l  ケーブルカー

   ケーブルカーについては、調べたところアトラクション的なもので幾つか出てきたので、何とも言えないが、営業運転を行うものに限ると、こちらもスイスのケーブルカーが世界一になる。スイス中部のシュトースという山岳地域にあるケーブルカーで、何とその最大傾斜は1100‰にも及ぶ。つまり、45度を超えているのである。どのようにして登るかというと、円形の車両が連なっており、傾斜部に差し掛かるとその車体が回転して、室内の水平を保つように作られている。このため、乗客は常に水平な状態で登って行くことができる。ちなみに完成したのは昨年の12月で、まだ真新しい状態で走っているのだろう。機会があれば一度乗ってみたいものである。

 

4.    参考文献

<書籍>

l  週刊朝日百科 「歴史で巡る鉄道全路線」 朝日新聞出版

Ø  大手私鉄編 18号 南海電気鉄道

Ø  公営鉄道・私鉄編 03号 大井川鐵道ほか

Ø  公営鉄道・私鉄編 04号 叡山電鉄ほか

Ø  公営鉄道・私鉄編 09号 箱根登山鉄道・富士急行ほか

Ø  公営鉄道・私鉄編 14号 神戸電鉄ほか

Ø  公営鉄道・私鉄編 50号 モノレールほか

l  全国登山鉄道‰会 PRリーフレット

Webページ(全て2018415日閲覧)>

l  トリップアドバイザー 「世界の登山鉄道勾配比較」 http://tg.tripadvisor.jp/slope/

l  swissinfo.ch「世界で最も急勾配のケーブルカー ルツェルン近郊に開業」 https://www.swissinfo.ch/jpn/business/登山鉄道王国_世界で最も急勾配のケーブルカー-ルツェルン近郊に開業/43762564

l  トレたび 鉄道遺産を訪ねて vol.17 http://www.toretabi.jp/history/vol17/01.html

 

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