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四国の特急車と車体傾斜装置

28 悪キエ

 

1.    概要

 1987年旧国鉄は民営化が行われ、地域別に会社が分割されました。そのうち、旅客鉄道会社としてできた6つのひとつ、JR四国もこのとき発足しました。北海道新幹線が開業し、今では唯一新幹線のない会社になってしまったJR四国ですが、新幹線の車両にも使われるような技術を日本で開発した先駆者でもあるのです。四国は本州から鉄道路線としては瀬戸大橋のみでしか繋がっていません。路線は四国山地にはばまれ線形が悪く速度が出せません。そしてそもそも鉄道利用者が多くありません。しかしこの小さな島を駆ける特急車両には逆境を乗り越え客をスムーズに運ぶための知恵や工夫がつまっているのです。

 

2.    特急大国・四国

JR四国は四国内の路線と本四備讃線(瀬戸大橋線)の児島駅から南を保有しています。路線は四国四県を巡り、末端区間は第三セクターの路線に接続しているところもあります。map.jpg

JR四国の路線図(http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/kakueki/より引用)

四県の中心都市同士は程よく分散されており、鉄道路線で換算すると最も近い高松駅徳島駅で74.5km、東京駅横浜駅の2.5倍に相当し移動には高速列車を使いたいと思うでしょう。これに新幹線がないのもあいまって、四国では今でも様々な特急が運行されています。岡山駅や高松駅から松山方面へ向かう、「しおかぜ・いしづち」。高知方面へ向かう「南風」。徳島方面へ向かう「うずしお」。他にも予讃・内子線松山駅以南を走る「宇和海」に徳島線を走る「剣山」など主要都市間だけでなくほぼ全線で特急が走り、JRの路線のうち特急列車の設定が全くないのは予土線と鳴門線だけなのです。予讃線の一部、愛ある伊予灘線は短絡線として内子線があるため特急列車こそありませんが、観光列車「伊予灘ものがたり」が走るため、普通列車だけの寂しい区間といったイメージはありません(何より絶景ですし)。そして予土線も「新幹線のような車両」が走りとても速そうに見えます(ただの普通列車ですが)。多少それましたが、JR四国と特急は切っても切れない関係だということです。そしてこれらの車両もまた四国の環境に適したものなのです。

 

3.    短い編成で走らせたい

現在運行されている特急車で最も古いのは民営化直前の1986年に四国地区用に開発されたキハ185系です。この形式は民営化後全車すべてJR四国に受け渡されましたが、まだ国鉄だったので車番形式がJR四国独特の4桁のものではなく従来のつけ方をなされています。キハ185系はもともと特急に当てられていたキハ181系の代替車ではなく、急行用車両の置き換えのためとし、またこのとき急行を特急に格上げすることでJR四国の経営安定化を図る目的もありました。

ところで国鉄時代、特急型気動車はディーゼル発電機を特定の車両に搭載し、編成全体の冷暖房などの電気をまかなっていました。これは固定編成、特に長い編成を組む場合はよかったのですが、四国のように輸送量が少ない地域では需要の波に対応すべくフレキシブルな編成変更が必要だったのです。そこでキハ185系はエンジンに冷房装置の圧縮機を直結した機関直結式冷房装置を使用しました。この装置はもともとバスに使われていた技術を鉄道に持ち込んだものです。これにより冷暖房は1両単位で制御可能になり、短編成での運行が可能になりました。

キハ185系は長らく予讃線、土讃線などでも使用されていましたが後述のより高速運転ができる2000系が開発されると置き換えられ、現在では主に徳島線の「剣山」、牟岐線の「むろと」で使用されています。また、観光列車「四国まんなか千年ものがたり」の車両もキハ185系を改造したものとなっておりJR四国にとって重要な形式であることは今も変わりません。

鉄道/四国+三江線2018/20180303_064818.jpg鉄道/四国+三江線2018/20180303_085736.jpg

(左)特急「むろと」(牟岐駅2018.03.03)と(右)特急「剣山」(徳島駅2018.03.03

 

4.    カーブで速度をあげたい

20世紀末、全国に遅れをとっていた四国にも高速道路網が整備されました。これに伴い、鉄道もスピードアップを余儀なくされました。中でも四国山地を横断し、急勾配、急カーブが続く土讃線の特急車両としてJR四国が鉄道総研と共同開発したのが世界初の振り子式気動車の2000系気動車です。この試作車は「TSE」の愛称がつき「ローレル賞」も受賞しましたが、20183月に特急「宇和海」での運用を最後に引退となりました。

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「宇和海」として運行される2000系試作車「TSE(松山駅2018.03.01)

振り子装置は曲線でのスピードアップ実現のための車両側の技術としてよく知られていますが車体を傾けるだけでなぜ高速化が図られるのでしょうか。実は車両を傾けただけで車両自体が走行できる速度は変わりません。というのも事実上の最高速度はカーブの曲率半径とカント量(曲線レールの外側と内側の高低差)で決まるからです。土讃線でも線形改良やカント量増加は行われました。ただし、旅客扱いするとなると新たに制約が加わり、車体を傾ける意味はここにあります。カーブを曲がると車内では遠心力が発生しますが車内からみた水平方向の加速度(遠心力)が0.08G(重力加速度の約12分の1)に抑えるように決められているからです。下図のように遠心力と重力の合力がカントの角度と異なっていても車体を傾けることで水平方向の成分を消すことができるとわかります。

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車体傾斜による遠心力を打ち消すメカニズム(http://www.mod.go.jp/nda/obaradai/boudaitimes/btms200802/yoshida/yoshida.htmより引用)

そもそも車体を傾けるという観点では振り子装置は一例にすぎず実はいくつか方式があります。まず振り子装置は振り子中心を車体重心真上の高い位置にもうけることでカーブを曲がれば自動的に遠心力を打ち消す角度分傾くというもので、これをそのまま実用化したのが「自然振り子装置」と呼ばれるものです。車体が左右に大きくはみ出ないように最大傾斜角は5度程度です。自然振り子装置は381系や591系などで高速運転という観点では好成績を収めましたが、振り子に摩擦力が働く影響である一定以上の力がかからないとすぐには傾かないため振り遅れが生じ、低周波振動を起こしやすかったのでした。この揺れは乗り物酔いを引き起こす原因となりかえって不快感を与えることがありました。

振り子装置の仕組み(bunken.rtri.or.jp/doc/fileDown.jsp?RairacID=0004006239より引用

この乗り心地を改善するための技術が「制御付き振り子装置」です。これは振り子装置に空気圧アクチュエーターをつけ、あらかじめ曲線のデータを記憶させておいてATSの検知に連動して速やかに定められた傾斜角になるように制御するものです。ただし線形データがはいっていない路線では使うことができません。

振り子装置以外の車体傾斜装置に「空気ばね車体傾斜装置」があります。デジタル制御技術が発展する中生まれたもので、台車についている空気ばねの伸縮を制御し車体を傾けるものです。振り子装置と違って専用の機械をつける必要がないため低コスト・軽量化を実現できます。最大傾斜角は2度程度と振り子装置より小さくなりますが私鉄から新幹線まで幅広く使われています。

空気ばね車体傾斜装置の仕組み

bunken.rtri.or.jp/doc/fileDown.jsp?RairacID=0004006239より引用

では2000系はこのうちどれかというと「制御付き振り子方式」です。実は世界初の振り子式気動車というだけでなく日本初の制御付き振り子方式を取り入れた車両でもあったのです。まさにJR四国の血と汗の結晶、革新的な一品。しかし、なぜ振り子式の気動車が世界初なのでしょうか、それは気動車にはエンジンが搭載されている関係上回転力の反作用で車体が推進軸の回転方向の反対側に勝手に傾くという問題があったからです。これを解消するため2000系には推進軸の回転方向を逆にしたエンジンをもうひとつ用意し2個のエンジンが力を打ち消すようにしました。

こうして開発された2000系は最高速度も120km/hとキハ185系の110km/hから上がり、曲線での速度も上がることから1990年から量産化が進み予讃線、土讃線などで置き換えが進みました。予讃線では電化が完了した区間以外、土讃線では今もなお主力車両となっています。

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2000系量産車(宇和島駅2018.03.01

また、1995年から高徳線の速度上昇を目的としてさらに改良型としてN2000系が製造されました。こちらは最高速度が130km/hに引き上げられ、主に「うずしお」の運用についています。

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「南風」の運用にはいったN2000系(窪川駅2018.03.01

 

 

5.    電化でさらなる高速化

1987年、国鉄民営化と同じ頃予讃線の高松駅観音寺駅が電化されました。また1988年には瀬戸大橋が完成し、本州から電車が乗り入れるようになります。1992年に観音寺駅新居浜駅が電化されたところで新たな特急型電車が試作されました。現在でも「しおかぜ・いしづち」の主力車両となっている8000系です。1993年の新居浜駅伊予市駅電化完了で量産化が進み、「しおかぜ・いしづち」の全列車が2000系からこの形式に置き換えられました。最高速度は130km/hに上昇しつつも四国ご自慢の制御付き振り子も健在です。ちなみに気動車と違い電車では車体を傾けるとパンタグラフが移動し、架線から集電できなくなる問題がありますが、台車とパンタグラフをワイヤーで結び、常に上を向くような工夫がされています。実はこの8000系の試作車、電磁石でレールと台車をひきつけ制動力を得るレールブレーキが搭載され試験走行で150km/hまで出すことができましたが、量産型はそこまでのスペックをつけられることはありませんでした。

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8000系電車(松山駅2018.03.01

そこからはJR四国はなかなか特急車両を新造しませんでしたが、2014年に20年以上ぶりに新形式8600系を8000系置き換え用として製造されました。しかし、8600系では振り子装置を採用せず、空気ばね式車体傾斜装置でコスト削減が図られました。経営の苦しいJR四国としては良策であるように見えたでしょう。これにより車体傾斜角度は2度までになりましたが、水平方向の加速度を通常の0.08Gから0.1Gまで許容することで8000系同等の走行ができるようになっています。ちなみにこの0.1Gという基準は新幹線で着席を前提とするという意味で認められている前例があり、この8600系でも適用されています。ところが8600系は試作車による試験走行の結果、曲線が連続する区間で空気ばねに使う空気タンク内の圧力が想定以上に低下する事態が起きており、傾斜を行う区間を見直した上で空気容量が2倍以上になるよう改修されました。空気ばね式車体傾斜装置は技術としはかなりよいものであることは間違いないのですが、カーブの多い四国ではその実力を発揮するのにあまり適していなかったともいえます。

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8600系電車(丸亀駅2018.03.03

 

6.    空気の力ではまた失敗

2017年に土讃線の2000系の置き換え車両として新たに2600系が製造されました。特急型気動車で車体傾斜装置はついていますが8600系同様振り子式ではなくまたもや空気ばね式が採用されました。土讃線は予讃線よりもさらにカーブがきついので8600系での失敗をもとにこの形式はさらに高性能なコンプレッサ、空気タンクを用意しました。ところが試験走行の結果、それでも十分でないことがわかりました。そうして2600系は2編成のみで量産を断念、土讃線よりもカーブの少ない高徳線の特急「うずしお」の運用につくことになりました。

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2600系による「うずしお」(徳島駅2018.03.03

結局、土讃線に空気ばね式車体傾斜装置は無理があったと判断し、JR四国は土讃線の特急置き換え車両には振り子式を採用することにして2020年を目処に開発を進めると発表しました。いずれにせよ四国特急の原点である振り子式に戻ることになったのはそれほど四国にとって重要な意味を持つ技術だったからに違いありません。

 

7.    参考文献

「車両情報四国旅客鉄道株式会社」

                http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/#train-box2018310日閲覧)

「振り子車両・車体傾斜車両鉄道総研」

                bunken.rtri.or.jp/doc/fileDown.jsp?RairacID=00040062392018326日閲覧)

「日本車両の傾斜システム日本車輌製造」

                http://www.n-sharyo.co.jp/business/tetsudo/making/tilting_system.html2018330日閲覧)

「乗りものニュース」

                https://trafficnews.jp/post/38243/22018330日閲覧)

JRT四国」

                https://www.shikoku.org.uk/JRT/LINE/DOSAN1.htm2018331日閲覧)

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