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「ポケット時刻表の文化」

令和4年度入学 大トウ

 

筆者が名古屋市交通局の時刻表を並べて作った路線図

 

0.はじめに:ポケット時刻表とは

時刻表は、鉄道が時間に正確であるために必要不可欠なものであり、鉄道会社は昔から駅に列車の時刻を掲示している。だがそれだけではなく、お客さんがいつでもどこでも発車時刻を確認できるようにと名刺サイズの紙に時刻を載せて配布してきた。これがいわゆる「ポケット時刻表」であり、財布にしまえて便利なだけでなく、各社ごとに特色あるデザインから鉄道マニアの収集欲をかき立てるものであったが、最近徐々に姿を消している。従って、今年鉄道150周年の節目を迎えるにあたり「ポケット時刻表」の存在が忘れられることのないよう、テーマとして取り上げた次第である。今回は150周年を目前にして廃止されたポケット時刻表の魅力をお伝えする。(全ての会社を紹介することはできないためご了承いただきたい)

 

1.東日本旅客鉄道(首都圏)

(2022年春より廃止)

 

(左) 2016.3.26改正 上野駅ポケット時刻表

(右) 同日改正 信越本線各駅ポケット時刻表

 

5面構成の上野駅を例に取る。乗り入れ路線が多く、山手線、京浜東北線、常磐線、宇都宮線、高崎線の時刻が掲載されている。とはいえ日中わざわざ時刻表を参考にして、本数過多の山手線と京浜東北線に乗車する客はいないと思われるため、これら2路線に関しては時刻の掲示を始発と終電の近辺にとどめている。後に紹介する時刻表と比べて色使いが少ない(赤、黒の2色)が、その分平日ダイヤと土休日ダイヤが一目で見分けられるようになっている。首都圏を外れると複数駅掲載の時刻表(写真右)が登場する。列車のダイヤが平日と土休日で変わらない場合も多く、色が黒で統一されている。                                  

 

2.東海旅客鉄道

(2020年春より廃止)

2014.3.15改正 岐阜駅ポケット時刻表

 

JR東海の特徴は、列車の行き先を頭文字で表さず、できるだけ駅名そのままで表していることで(4文字以上の駅を除く)、勘違いを未然に防ぎ、鉄道をあまり利用しない客にも優しい表示となっている。実際大垣・米原方面では行き先に「大垣」と「大阪(特急ひだ)」が登場し、「大」1文字では混乱を招く事情もある。

また、平日と土休日がそれぞれ「白と灰の縞模様」と「白と赤の縞模様」で区別されていることも特徴だ。

この時刻表はJR東海の「みどりの窓口」設置駅で広く配布されていたが、配布終了の知らせが全国で一番早かったものと記憶している。

 

3.近畿日本鉄道

(2022年7月より廃止)

 

2018.3.17改正 大和西大寺駅ポケット時刻表(京都線の部分のみ写している)。

 

表紙に細かく文字がびっしり詰まっているが、これは停車駅の案内である。近鉄は種別が多くさらに特急の停車パターンも多様なため、お客さんが降りる駅を通過してしまわないための配慮と言えるだろう。

 最大の特徴は、列車の時刻が「種別ごと」ではなく「行き先ごと」に分けて掲載されていることだ。これは筆者の知るかぎり近鉄しかない。例えば、京都線・橿原線の時刻表(右側)には同じ急行でも行き先が「京都」「国際会館」「橿原神宮前」「天理」と4つも分かれており、同一面に掲載することは困難であるはずだが、この行き先ごとの分類により可能となっている。特に、国際会館行きと天理行きは本数が少ないが、これらの場所に乗り換えなしで早く着きたい場合に電車を瞬時に発見できる。また線路網が複雑で乗り場の多い大和西大寺駅に限ってだが、列車の横に乗り場を表す数字が書いてあり、この時刻表を持っていれば発車の直前でも迷わずに列車にたどり着ける。駆け込み乗車はおやめ下さい。

                              

では停車する種別が少ない駅を見ると何か違いはあるのか。例として普通のみが停車し、「区間準急」「準急」「急行」「快速急行」「特急」が通過する河内永和駅を見て頂こう。

(左)2018.3.17改正 河内永和駅ポケット時刻表の表紙

(右)近鉄奈良線 停車駅案内(近畿日本鉄道ホームページより引用)

 

すると「連絡情報」の欄が表紙に登場しており、「○○(駅)で○○(種別)に連絡」「○○へは○○(駅)で○○(種別)に乗り換えが先着」の2通りの情報が載っている。この違いは停車案内を見ていただければはっきりする。

「石切で急行に連絡」の表示の場合、急行が普通を追い越す駅が石切であることが分かる。つまり生駒方面に早く行きたい場合も、石切まで普通に乗車して問題ない。しかし「石切以遠へは河内小阪で準急に乗り換えが先着」の場合は、石切から急行に乗れることを期待して河内小阪を過ぎても普通に乗車していると、待避設備のある八戸ノ里か瓢箪山で目の前を準急が通過していくことになり、肝心の石切で急行は来ず、イライラすることだろう。それを防ぐために「乗り換え先着」の案内で河内小阪での準急乗り換えを促しているのであり、せっかちな大阪の県民性が時刻表に反映されているといえる(?)。筆者も大阪生まれや。

2018.3.17改正 近鉄蟹江駅ポケット時刻表

 

 以上の説明は近鉄の西側エリアの時刻表であり、三重県の東青山駅以東ではデザインががらりと変わる。例えば近鉄蟹江駅を見てみると、本数が多いが3面にコンパクトにまとまっている。東側エリアの時刻表はすべての駅で3面構成となっているため、複数駅の時刻表を財布に入れてもかさばらない。さらに裏面下には、近くの主要駅(ここでは近鉄名古屋駅)の時刻も掲載されているため、利用する駅によっては携帯する時刻表が1枚で済むこともある。

 

 

 

                                                      

4. 京阪電気鉄道

(2021年2月より廃止)

6面構成の守口市駅

(左)2017.2.25改正 守口市駅ポケット時刻表

(右)同上

 

 京阪のポケット時刻表の特徴は横に長いことだ。というのも京阪の場合は単なる時刻の掲載にとどまらず様々な情報が載っている。まずは電話番号だ。大阪府側4駅、京都府側3駅、さらには大津線用に近江神宮前駅のものが載っているから、落とし物をしても慌てずすぐに電話をかけられる。運行情報が気になればお客様センター、さらにどこで落とし物をしたか不明ならお忘れ物センターの電話番号も載っているからなかなか便利だ。

 次に路線図及び停車駅案内だが、フルカラーの停車駅案内に所要時間を付ける発想は斬新だ。京阪は京津線を除く全ての駅で日中も10分間隔の電車が確保されているため、乗り換え時に時間を大量にロスしないということも、所要時間を表記できる一つの理由だろう。また○○時頃に目的地に着きたいという場合も、家を出るちょうどいい時間を把握できる。ちなみにこの表示は後にスペースの都合上割愛され、代わりに登場した「プレミアムカー」「ライナー」の停車駅・チケット購入方法が記載されている。サービス精神万歳。ようおこしやす。

 

5.名古屋鉄道

(2021年5月より廃止)

2019.3.16改正 豊川稲荷駅・西尾駅ポケット時刻表

 

 

名古屋鉄道では列車の方面で時刻表を分けており、ターミナル駅を除いて、各駅に少なくとも時刻表が2種類ある。(全駅集めるとなんと550種程度に達する)必要な方面の時刻表だけを携帯すれば良いわけで、ある意味合理的だ。一番種類が多いのは名鉄名古屋駅と神宮前駅で、「名鉄岐阜方面」「豊橋方面」「中部国際空港・河和・内海方面」「犬山方面」「津島方面」の5枚で1セットの時刻表だ。

 さらに名鉄では種別変更が多々あるため、カタカナやひらがなの添え字を付けて解説している。表紙はなく混同しやすいためこの時刻表には慣れが必要だが、いったん精通すれば多種多様な電車がくる名鉄名古屋駅も自信をもって、JRより安く使いこなせるようになる。もう迷わにゃあ。

 

6.ポケット時刻表の今と今後

 これまで紹介してきた時刻表はごく一部に過ぎないが、見やすさや便利さを追求した工夫が見て取れ、読者の皆さんも旅の記念に1枚取ってみたくなっただろう。しかし鉄道150周年を迎える前に「スマホ」「コロナ」の強敵が鉄道会社を襲い、ポケット時刻表の文化は壊滅的な状態へと追い込まれている。急速なペーパーレス化の流れに加えて、YahooやNAVITIMEなど便利な時刻検索アプリがスマホで気軽に見られる時代になってしまった。さらにコロナ蔓延による自粛やテレワークの普及で収入が減った鉄道会社は、コストカットするのが自然な流れであり、紙の時刻表を廃止する道を選んでしまった... 2020年にJR東海が最初に廃止した時はまだ珍しがられたものだが、2021年春のダイヤ改正以降多くの鉄道会社が軒を連ねるようにポケット時刻表廃止を宣告した。その瞬間を生で経験した筆者のショックは計りしれず、今でも鮮明に残っている。

 ではポケット時刻表が今後復活することはあるのか。残念ながらすでに廃止を決めた会社でそれはあり得ないだろう。個人的にも、スマホの列車時刻検索アプリが優秀であることは認めざるを得ない。しかしながら本数の少ない地方私鉄では、広告としての需要やスマホを持たない客の割合も高いため、ポケット時刻表の制作は続くと思われる。また、駅隣接の観光案内所で時刻表を配布している場合もある。ご当地の広告でびっしり詰まった時刻表は趣があり、この文化が完全にスマホにとって代わられることはないはずだ。意外と奥が深いポケット時刻表の世界、鉄道150周年の節目を機に少し踏み入れんとする者はぜひ、時刻表をもらった鉄道に乗って、時刻表を眺めて、思いを馳せてみては如何だろうか。

(*写真は全て筆者が撮影した。)

 

7. 参考文献

 

・近畿日本鉄道ホームページ

   https://www.kintetsu.co.jp(2022年10月7日閲覧)


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